2022年 3月の法話

『平和を心底から祈る』

先月の月例祭時にウクライナが戦争にならなければいいですね、とお話をしたのですが、とうとう戦争になってしましました。今もこうしている間にウクライナの中で引き続き亡くなられている方がおられるかと思うと、本当に胸が痛みます。1日も早く戦争が止められるよう、色々な方々の努力にぜひとも期待したいと思います。

今日は戦争に関係するお話です。ちょうど1週間くらい前に私のお寺のお檀家さんが101歳でお亡くなりになりました。
この方は若い頃から短歌をずっと書いてこられました。最後に短歌を書いたのが97歳の時だそうです。その短歌にどういったことが書いてあったかというと、90年世の生涯において、とにかく一番苦しく辛く大変だったことは、北朝鮮の地から内地へ引き揚げる9ヶ月間。これはどうしてもこの歳になっても、忘れようにも忘れられないと書いてあったそうです。遺族の方にお話を聞いてみたところ、その方は北朝鮮へ電気の技術者として渡ったのですが、ソ連の参戦と共に内地へ引き揚げる途中、本当にどん底の苦しみを味わい、長男も亡くされて、これよりひどい貧乏 これよりひどい飢え これよりひどい悲しみは、生涯この時だけだったと。だから私の想いは、どうにか分かってほしい。戦争はいけない。と最後の句に書いてあったそうです。 その話を聞いた中でちょうど現に戦争が進行しており、これだけ科学や文明、色々なものが発達しているのに戦争が終わらない、終わることができない。無くならない。この人間という生き物はつくづく業というものが深いのかなと思います。とにかく我々一人ひとりにできることは、戦争の終結・亡くなられた方達の慰め・傷ついた方達の癒し。こういったこと祈ることしかできません。関係者の方々に届くようにこの先も手を合わせ、観音様にお願いをし祈っていきたいと思います。

そんなことで暗い話題になってしまいましたが、世の中はいよいよ春を迎え、目の前には桜の花も咲き始めております。また4月になりまして、青空の中の観音様を仰ぎ、拝め、そして念に祈る。

これを続けていけるよう心にお願いをいたしまして、3月の法要を終わりにさせていただきます。