2025年 6月の法話

『日本の生きる道』

今日はカンカン照りで晴れており、風もありますので、過ごしやすい日かと思います。例年ですと、梅雨の真っ只中で湿度も高くジメジメとしていますが、今年はもう梅雨が明けるのではないかと思われるような陽気です。

しかし世界に目を向けますと、例えばイスラエルがイランをミサイル攻撃したり、一方ではアメリカ軍がイランを攻撃したりと、なかなか大変な世の中になってきております。
先月もお話いたしましたが、もちろん日本とアメリカは同盟関係にあります。この関係を軸に、仲良く手を取り合い、協力してやっていかなければなりません。
しかし日本は、唯一の被爆国であります。原爆の恐ろしさを経験しておりますので、もし核兵器が使われるようなことになれば、地球そのものが消滅してしまうという恐れさえあります。
ですから、何とかその一線は越えないようにしていただきたい。
日本独自の祈りと行動を、今こそ示していただきたいと切に願うわけでございます。

さて、仏教におきましても、さまざまなルールがあります。
皆さんのよくご存じのものでは、「生き物を殺してはいけない」「人の物を盗んではいけない」「悪口を言ってはいけない」などがございます。
こうしたルールをすべて守ろうと努力しても、中には現代にはそぐわない、難しいものもございます。なにしろ今から約2,500年前に定められたルールですからね。

例えば、仏様に対する最も尊い供養の方法として、「自らの身を焼く」というものがあります。これを焼身供と申します。
身を焼く、あるいは腕や指を燃やして供養する。こういった供養こそが最も尊いとされたわけですが、これは現代では到底受け入れられるものではありません。

ですから、ルールというものも、時代によって変わるべきものは変える。変えてはならないものは変えない。常に見直し、考え直していくという姿勢が、私たちに求められているのではないかと思います。

やはり2,500年前の価値観は、現代の私たちには合わない部分も多くあります。
しかしその中でも、私たちが経験を通して学んできたことがあります。
例えば日本は、第二次世界大戦の終戦後、他国と争うことなく歩みを進め、今では豊かな国になってきました。
ですが、世界に目を向ければ、いまだに紛争が絶えず、貧困に苦しんでいる国も多くあります。
そうした国々に対して、豊かな国である日本が、何かできることはないかと考えるべきではないでしょうか。それは、単に物を与えればよいということではありません。
私たちの暮らしの中にも、そういった支援や関わりの形があるはずです。
そしてその中で、日本独自の道を模索し、進んでいけたら素晴らしいことだと思います。

最後になりますが、このたび比叡山におきまして、天台座主(てんだいざす)様が交代されました。
退任された座主様は、兵庫県の書写山(しょしゃざん)のご住職で、なんと100歳を迎えられたとのことです。長いご奉仕の末、次の代へと譲られました。
新たに就任されたのは、九州・佐賀県の藤天台座主さまでございます。通算で第259代となります。現在93歳とのことですが、お元気で、いまだに九州へご自身でお戻りになっているとのことです。しばらくは、この体制が続きそうでございます。
比叡山としても、これから世界に向けて平和へのアピールを続けていかれることと思います。本日は話が多岐にわたりましたが、日本には日本なりの貢献が、必ずあるはずです。
それを大切にして、進んでいきたいと、強く願っております。

以上を持ちまして、6月の法要を終わりにさせていただきます。