2022年 5月の法話

『九條錫杖より』

皆さん、本日の大祭にお参り頂きまして誠に有難うございます。
観音様の足元の石碑に皆さんも目を通したことがあると思いますが、ここには藤井日達お上人様の言葉があります。

「文明とは電灯のつくことでもない。原子爆弾を製造することでもない。」と書いてあるのですが、本日の開会の渡辺代表のお言葉にもありましたように、第三次世界大戦になるかもしれない、いう声も確かにあります。特にマスコミではロシアは戦術核というものをミサイルに乗っけて発射できるというので、それが起きたらどうなるのだろうと考えただけでも身の毛のよだつ話です。

従いまして本日の法要では、九條錫杖(くじょうしゃくじょう)というお経をお唱えさせて頂きました。九條錫杖ということで、一條から九條までございます。

肝心なところだけ申し上げますと、例えば6条です。
"當願衆生"(とうがんしゅじょう) 正に願わくば "十方一切"(じっぽういっせい) 
"無量衆生"(むりょうしゅじょう) "聞錫杖聲"(もうしゃくじょうしょう)錫杖の声を聞くと "懈怠者精進"(けだいしゃしょうじん)怠け者は一生懸命働く "破戒者持戒"(はかいしゃじかい)ルールを破る人が守る人に "不信者令信"(ふしんじゃりょうしん) "慳貪者布施"(けんどんしゃふせ) "瞋恚者慈悲 "(しんにんしゃじひ)怒ってばかりでも慈悲の心が湧いてくる "愚痴者智慧"(ぐちしゃちえ)愚かな人も立派な知恵を授かる "驕慢者恭敬"(きょうまんしゃくぎょう)人を侮ってる人でも尊敬することになる "放逸者攝心"(ほういつっしゃしょうしん)怠け者も一生懸命努力することになる、ということが書いてあります。

じゃらんじゃらんじゃらんと私の方で錫杖を鳴らしました。その音を聞くとこのような状態になるとお経に書いてあります。ですから今皆さんもこうして錫杖の音を聞きましたので、自分では意識していないかもしれませんが、少しこのようなことが自分の心の中に起きているかもしれません。

次の7条にいきますと、"邪魔外道 "(じゃまげどう) "魍魎鬼神" (もうりょうきしん) "毒獣毒龍"(どくじゅうどくりゅう) "毒蟲之類"(どくちゅうしるい )人間に害を及ぼすものもこの錫杖を聞けば毒も抜かれて善を行う心が湧いてくる。この錫杖はぜひロシアの方に届けばいいなと切に願っています。

我々は自分一人だけで生きていくことはできません。しかしながらそれぞれにそれぞれの想い・考え・主義主張がございます。その中でも「戦争はいけないのだ。」と感じる気持ちをみんなで共有することができれば、悪い方向に少しでも行かないようになるのかなと思います。

その気持ちを我々の言葉で言いますと慈悲の心です。慈悲の心は皆それぞれ持っているのですが、自分の主義主張が時として自らの慈悲心を抑えてしまいます。だから逆に慈悲心をいかに生かすか、表に出すか。それにはやはり我々がまず自分は一人で生きているのではないのだということに、まず目を向けていくことが大事じゃないかなと思います。

そして今ロシアでも情報統制が引かれているようですが、恐らくロシアの人々も情報が入って来れば、戦争の悲惨さ・いろいろな影響・そういったことを肌で感じてもらえるのではないか、それによって我々と同じ立場に立てるのではないかと思います。

今回は多々お話をさせて頂きましたが、ちょうど正面に藤井日達お上人様の石碑がありますので、戦争はいけないのだということを我々が肌身に染みて、そしてそれを伝えるということが大事なのだと思います。
そしてその根底にあるのは慈悲の心です。国や民族、言葉が違っても、誰もが持っている慈悲の心で伝わっていくのではないかと思います。

今日はお天気に恵まれまして、観音様が青空に美しく輝いております。そしてこの観音様が遍く我々を見守っておられる。我々が南無観世音と口にすることによって観音様がにっこりと笑ってくださるのだということを最後にお話させて頂いて、春の大祭の法要を終わりにさせていただきます。