2023年 6月の法話

『信心』

お経というのは、まず第一に声を出して読むということが非常に力になります。よく我々は神仏を信じるという表現をするのですが、信じるということがなかなか実感できないことがあります。逆に信じるということにまったく疑いのない方もおられます。

家内の友人のご主人の話なのですが、アメリカのシリコンバレーに単身赴任で出張されました。そして行って間もなく原因不明のお腹の痛みが続き、仕事どころではない非常に大変なことになってしまいました。もちろんお医者様もいるのですが、なかなか良くならない。そして奥様から私の家内に、うちの主人が大変なんだという話を聞きました。

そうしましたら駄目元ではないのですが、これをやってみたらどうですかということで、毎月お護摩を焚いているお不動様の窯の一番下に溜まっている炭をスプーン1杯掬い取り、アメリカへ送ってこれをご主人に少しずつ飲むように言ってくださいとお伝えしました。そうしたらすぐにぴたっと治ったと。不思議ですね。

しかしこれを経験した人は肌から伝わったわけです。ですからご主人は治った途端、100%お不動様の力を信じるようになりました。
我々も死ぬか生きるかという時に助かったりすると、絶対信じることにぴんときます。しかし頭の中で仏様、神様を信じようとしている間はなかなかぴんとこない。しかし死ぬか生きるかの思いをしないと本当の信心はできないのかと言いますと、そうではなく実は信心ができる方法もちゃんとあるのです。

それは日々毎日自分が努めることです。例えばまず朝起きたら手を合わす、お日様を仰ぐ、感謝するなど一日一回何でも良いのでそれをずっと続けることです。続けていると、もしそれをしなかった時にあれができなかったと非常に後悔します。今度はちゃんとやろうと続けていくと、それが当たり前になってくる。そうなった時に信心ということが自然と我々の体に備わってくるわけです。

こうして皆さんと月一回お経をお唱えさせて頂いておりますが、月一回でも毎月続けています。例えば今日は月例際の日だけど他に用事があると今日は休もうとする。しかし実際に休むと何だかちょっと物足りないような気がしてくる。その思いをずっと続けていきますと、これが確固とした信心になってきます。

「信心」信じるということは、まず日々努めること。どんな小さなこと簡単なことでも休まないことが大切だということをお話しさせていただきました。

以上を持ちまして、6月の法要を終わりにさせていただきます。