2026年 6月の法話

『科学の時代と、神仏を信じる心』

梅雨の合間ですが、今日は雨が降っております。

特に最近いろいろと思うのですが、我々は一生懸命祈っているわけですが、なかなか平和は訪れません。
これが現実であります。

これは一つには、昔から言われております、宗教離れというものも大きく作用しているのではないかと思います。
早い話が、あまり神様仏様のことを信じなくなってきているのですね。
東西を問わず、その傾向があります。

なぜそうなってきてしまったのかなと思いますと、やはり一つは文明、あるいは科学、こういったものがどんどん発達してきているからだと思います。

昔は不思議なことがたくさんありました。
しかし今は、それがどんどんなくなっています。

我々が子どもの頃、お月様を見ると「うさぎが餅をついている」と信じていました。
ところが大人になると、「あれは作り話だよ」と分かる。
昔のおとぎ話を信じなくなったわけです。

同じように、病気も昔は助からないと思われていたものが、医学の進歩によって助かるようになってきました。

ですから、神様や仏様の力を信じる人が減ってきているのです。

同時に、科学や文明もどんどん進歩しています。
例えば、クローン技術の研究が進んだり、ネット社会になって便利になった反面、大変な問題も増えてきました。
かえって人間が不幸になっている面もあるのではないかなと思うことがあります。

仮に、私がここで奇跡を起こせば、この場にいる皆さんは私のことを信じてくださるでしょう。
しかしながら、私は奇跡を起こす力はありません。

人間というのは、目の前で奇跡を見ると信じるものです。

ですから、新しい宗教がたくさんありますが、どこかで「奇跡を見た」と感じた人が信じているのではないかなと想像します。

「拝めば治るよ」と言われて、本当に治った。
そうしたら信じますよね。
そういう人たちが集まっているのかもしれません。

我々から見れば、それは奇跡ではなく、その人の寿命だったのかもしれないし、たまたま薬が効いて助かったのかもしれません。

しかし、「もう駄目だ」と思っていた人にとっては、「助かった」という事実がある。
だから誰でも信じてしまうのかもしれません。

ところが、その奇跡が科学の力によって説明されるようになり、だんだんと神仏から離れていってしまう。

しかし我々人間は、頭の中の知識、考える力、そういったものは進歩していますが、「好きだ」「嫌いだ」という感情は、ちっとも進歩していない。
これもまた事実です。

戦争も、結局は感情のぶつかり合いで起こっている面があるのではないかと思います。

目の前で自分たちの仲間が爆弾で命を落とし、大変な状況になっている。
それでも戦う。
なぜ戦うのか。
それは守るためです。
そして両方の国が殺し合いを続けている。

これはやはり、人間の知識や科学の進歩に、心が追いついていない結果ではないかなと思います。

ですから今こそ、神や仏を信じることは決して幼稚なことでも、無駄なことでもなく、そういった大きな力が人間の外には確かにあるのだと真剣に思うことが大切なのではないでしょうか。

そうすれば、もう少し人間は賢くなれる。
知識だけではなく、心が賢くなっていくのではないかなと思います。
そして、その心を賢くしてくれるものこそ、神や仏を信じることではないでしょうか。

それが、人類にとって最後の頼みの綱なのではないかと思います。

以上をもちまして、六月の法話を終わらせていただきます。

ありがとうございました。